沿革

 臨床心理学指導・研究コースは、その前身を九州大学教育学部および教育学研究科に置く。1949(昭和24)年に教育学部が創設されて以来、脳性麻痺者のための「臨床動作法」の開発をはじめとして、知的障害者、自閉症スペクトラム障害者等、様々な発達障害に対する発達臨床、および、精神分析的カウンセリングや来談者中心療法といった心理的な不適応者に対する心理臨床と幅広く臨床研究を推進してきた。その経過の中で、発達臨床においては1975年に障害児童学講座、1986年には、「障害児臨床センター」が設置された。1988年には、障害児臨床センターの建物が新設され、全国各地の養護学校(特別支援学校)や福祉施設、各種研究所、大学等との連携が強化された。一方、心理臨床においては、1954年の「教育相談室」の開設、1962年の教育学部におけるカウンセリング講座の設置、1981年の文部省公認特別施設としての「心理教育相談室」の開設、1994(平成6)年には、社会人のための心理臨床コースが教育学研究科大学院修士課程に開設され、臨床に携わる人々の地位向上、啓蒙に貢献してきた。さらには、1998年度に大学院重点化のため、大学院人間環境学研究科が設置され、その中に、人間共生システム専攻心理臨床学コースが作られた。さらに、2005年度には、専門職大学院として実践臨床心理学専攻が開設され、同時に従来の人間共生システム専攻心理臨床学コースが、人間共生システム専攻臨床心理学指導・研究コースとして、臨床心理学の指導者・研究者養成に特化したコースとなった。

研究

 臨床心理学指導・研究コースにおける研究は、以下の3つの大きな流れがある。第1に、精神分析学にもとづく言語や文化に関連した深層心理学的研究、および、雑誌『教育と医学』を毎月発刊している教育と医学の会に象徴される医療と臨床心理の連携に関する研究である。医療との連携については、近年は発達障害児・者の支援の研究へと受け継がれている。第2に、イメージを用いた内面探求型の心理療法を出発点にしつつ、それを展開した、内面だけでなく個人をとりまくネットワークに働きかける多面的アプローチによる援助方式についての研究である。これらにより、個人と集団の多様なニーズに対応できる援助・相談活動を目指している。第3に、臨床動作法など体験治療論的アプローチに関する研究である。本研究は、自閉症スペクトラム障害、注意欠陥・多動性障害、脳性麻痺など障害児の発達支援方法や支援システム構築の研究に発展しており、また嗜癖問題の研究や心理劇研究にも展開している。

教育

 臨床心理学指導・研究コースのカリキュラムは、専門知識の習得と研究能力の育成のために構成されている。研究法の基礎科目として心理学研究法、臨床心理学研究法、臨床に関する理論と実践能力を養うための科目として、臨床心理学、臨床心理査定学、臨床心理学研究法、発達相談学、生涯発達学、体験的心理療法学等が置かれている。さらに実習科目として、医療・保健、福祉、教育の3領域での学外実習、および学内の臨床施設である総合臨床心理センター(心理教育相談部門、子ども発達相談部門、生涯発達支援部門)での実習指導がある。日本においても類を見ない実習内容の充実ぶりを誇り、臨床心理士資格のための第一種指定大学院となっている。入学試験は、臨床心理学と心理学研究法に関する専門科目の筆記試験、英語(TOEICまたはTOEFL)および面接試験により、選抜される。また、2011(平成23)年3月末(九州大学百年誌)までに本コースで博士の学位を取得したものは、甲において21人(うち留学生が3人)、乙において10人であった。博士の学位取得における女性の割合は、甲では76.1%(21人中16人)、乙では40.0%(10人中4人)であり、他領域より高いのが特徴となっている(2016年現在)。

組織運営

 臨床心理指導・研究コースは共生社会学コースと合わせて人間共生システム専攻となっている。またその一方で、実践臨床心理学専攻と連携して組織運営を行ってきた。したがって、臨床心理学指導・研究コースは共生社会学コースおよび、実践臨床心理学専攻と協議しながら行われる組織運営となっている。

学生生活・卒業生の動向

 臨床心理学における研究力と心理臨床実践力を兼ね備えたこころの専門家を養成し、日本の臨床心理学のリーダーを育てていく本コースは、臨床心理学の中核を担ってきた歴史のもとに全国からの入学者が集まってきた。
卒業生は、大学研究者が最も多いが、臨床心理領域のこころの専門家としての実践家となっているものも多い。就職については、ほぼすべてが、臨床心理学関連領域である。医療領域では、精神科病院が中心であるが、小児科、産婦人科など活動領域は広がってきている。教育領域は、主としてスクールカウンセラーや不登校児の適応指導教室であり、福祉領域では、児童相談所や情緒障害児短期治療施設、児童養護施設、発達障害児療育センターなどとなっている。さらに家庭裁判所、少年鑑別所などの司法領域の他、近年、メンタルヘルスケアなど産業領域での活動も拡がってきている。

社会との関わり

 現代はこころの問題が複雑化・多様化し、社会的要請も年々高まっており、人間環境学府附属総合臨床心理センターにおいては、長年に渡り一般の人々を対象とした心理援助活動を行っている。脳性麻痺を主とする運動障害児および発達障害児のための臨床動作法を用いた宿泊型支援プログラムの実践、発達障害児のための集団心理療法である「もくもくグループ」の実践、小中学校へ大学院学生・学部学生を派遣して支援を行うスクールメンタルサポーターなど、心理臨床的地域援助は多岐にわたる。2006(平成18)年11月には九州大学人間環境学府の臨床心理学教員や修了生有志により、「NPO法人九州大学こころとそだちの相談室(こだち)」を立ち上げ、このNPOとの共催により、2007年度~2009年度までの3年間文部科学省受託事業「社会人の学び直しニーズ対応教育推進事業」を行った。また、その後もNPOと連携して臨床心理学教員がそれぞれの専門分野を生かして一般市民向けの臨床心理学講座を毎年行っている。更に、2011年3月におきた東日本大震災に際しては、同年4月2日から教員と大学院生による「ほっと広場九大」として福岡への震災避難者へのこころの支援を開始している。

国際交流

 臨床心理学指導・研究コースは、多くの外国人研究者との交流を行ってきた。特に、コースの大学院学生の附属実習施設である総合臨床心理センターは、外国人客員研究員として数多くの外国人研究者の招聘を行ってきた。総合臨床心理センターの特徴は医療、教育、福祉等、多種・多様な学問領域に関わる教員が関与していることであり、それを反映して招聘研究者も多岐にわたる。発達臨床領域では、自閉症スペクトラム障害研究の中核とされるPatricia Howlin、Rita Jordan、また、注意欠陥・多動性障害研究で著名なPaul Cooperといった英国研究者を招聘し、また、オーストラリアからは自閉症スペクトラム障害の教育・臨床の実践的研究者として著名なLawrence Bartak、Verity Bottroff、Jacqueline Robertsらを招聘した。米国からは自閉症者に対するTEACCHプログラムの指導者であるSteve Kroupaを招聘した。さらに、欧米だけではなく、アジア各国からの招聘によりアジア文化圏における心理臨床の在り方に関して研究交流をも深めてきた。インドから対人コミュニケーションにおける表情認知研究で著名なManus Mandarを招聘し、マレーシアからは願俊鴻を招いた。また、韓国公州大学からは、人間環境学研究院および公州大学特殊教育大学院間の学術交流協定に基づき、郭承徹、林敬原を招聘するとともに、九州大学教員および学生の韓国訪問によっても学術交流を深めてきた。
なお、総合臨床心理センターにおいて開発された臨床動作法の技法は、現在、障害を有する人々への発達支援技法としてだけではなく、鬱病、統合失調症、人格障害、不安障害、PTSDなど様々な精神疾患に対する心理臨床技法として発展し、我が国のみならず、韓国、中国、マレーシア、カンボジア、タイ、インド、イランなどアジア諸国を中心に臨床実践がなされるなど、発展的な展開を見せている。