Center for Clinical Psychology and Human Development, Kyushu University

総合臨床心理センターの歴史と特色

創立の経緯

 九州大学においては、長年にわたり、障害児・者に対する援助指導を行ってきた。特に、1960年代後半から成瀬悟策教授、大野博之教授、針塚進教授、大神英裕教授らを中心に脳性麻痺者に対する心理学的リハビリテイションの方法として開発され、現在では運動障害に限らず、種々の精神疾患、発達障害に対する支援方法として発展してきた「臨床動作法」に関する研究はその主軸となってきた。この領域での社会的ニーズは高く、臨床研究および臨床実践の場として障害児クリニックの建設が急務となっていた中、1986(昭和61)年4月に現総合臨床心理センターの前身である障害児臨床センターが設置されるに至った。一方で、児童・青年から成人までを対象として、様々な精神的不調、習癖、対人関係にまつわる悩みなどの相談機関として、1954年の教育相談室の開設をきっかけとして発展的に展開してきた心理教育相談室は、前田重治教授、村山正治教授、北山修教授らによる個人心理療法や野島一彦教授によるエンカウンターグループなどの集団心理療法を通した幅広い心理的援助を実践してきた。当初、障害児臨床センターは障害児・者のための研究/実践センターとして機能していたが、大学院重点化および実践臨床心理学専攻の設置という経緯の中で、障害児支援の部門と心理教育相談部門が統合する形で、発達臨床心理センター、総合臨床心理センターと拡大発展し、現在、子ども発達相談部門、心理教育相談部門、生涯発達支援部門の3部門を有する総合的センターとなり、日本の心理臨床学の中心的役割を担っている。

沿革

 障害児臨床(発達相談)、特に、運動障害をはじめとした種々の障害に対する支援技法として発展した「心理リハビリテイション」の理論・技法の研究拠点として1986(昭和61)年に「障害児臨床センター」が設置された。1988年3月にはその建物が建設され、社会福祉法人やすらぎ荘や福岡市教育委員会、福岡県教育委員会等、研究・実践における他機関との連携がいっそう強化された。一方、心理臨床(心理教育相談)では1954年に教育相談室を開設後、1981年に心理教育相談室が京都大学に次いで日本で二番目に設置され、様々な精神疾患、心理的不調についての相談、また、そうした子どもをもつ親の相談に関して心理学の立場から研究・実践を行ってきた。このような本学の活動は国内外から高い評価を受け、保護者・教師・指導者・研究者の協力体制の核となり、心理臨床家の養成・指導の使命がますます高まった。こうした経緯のもと、1995(平成7)年度に教育学部教育心理学系6講座と表裏一体となって、研究・教育の最先端の役割を果たすために教育学部附属発達臨床心理センターが設置された。1998年度より大学院重点化のため人間環境学研究科が設置され、人間共生システム専攻心理臨床学コースが作られた。これに伴い、1999年度より人間環境学研究科附属発達臨床心理センターとなった。さらに、2000年度からは大学の組織改革のため、人間環境学府附属発達臨床心理センターとなった。その後、2005年度からは、専門職大学院として日本初の「実践臨床心理学専攻」が開設され、従来の人間共生システム専攻心理臨床学コースが、人間共生システム専攻臨床心理学指導・研究コースとなった。これに伴い、同センターは人間環境学府附属総合臨床心理センターとして子ども発達相談部門、心理教育相談部門、生涯発達支援部門の3部門を擁する新たなる臨床心理学の教育研究施設となった。なお、同センターは1998年度より、財団法人日本臨床心理士資格認定協会の定める第一種指定大学院の臨床心理実習施設となっている。
現在、総合臨床心理センターでは発達障害児・者、精神疾患児・者に対する個人心理療法だけではなく、1996年より遠矢浩一教授を中心に、「もくもくグループ」と呼ばれる発達障害児のための集団心理療法が実施され、発達相談部門に所属する教員および博士課程大学院生のスーパーヴィジョンのもと、実践臨床心理学専攻および人間共生システム専攻臨床心理学指導・研究コースに在籍する全修士課程学生がセラピストとして関与しながら、臨床心理学的地域支援が進められている。

研究

 総合臨床心理センターにおいては、発達相談、心理教育相談、生涯発達支援における援助システム開発のための基礎的・実践的研究活動に取り組んでいる。発達相談および生涯発達支援における援助システムの開発研究として、運動障害児(者)の動作特性の検討とその改善のための援助技法の開発、自閉症スペクトラム障害、注意欠陥・多動性障害を中心とする発達障害児(者)の行動特性の検討とその改善のための個人および集団援助技法の開発、高齢者の姿勢動作の特徴と心身の健康状態との関連性についての解明および心理社会的行動の促進、高齢障害者の障害特性の検討とリハビリテイション技法の開発、障害児(者)のトランジション援助システムの開発、アルコール、薬物等依存性障害に対する心理臨床技法の開発などが行われている。また、心理教育相談における援助システムの開発研究としては、個人カウンセリング技法の開発、グループの力動関係性についての解明および家族援助システムの開発、学校臨床における教職員のコンサルテイションシステムの開発、児童福祉施設における安全安心システムの開発、臨床心理士養成のためのスーパーヴィジョンシステムの開発、臨床心理学の基礎理論確立のためのデータの検討と文献研究等が行われている。以上の研究成果は、国内外の学術雑誌、総合臨床心理センターの紀要『九州大学総合臨床心理研究』に報告されている。

教育

 教育活動としては、主務として臨床心理士の養成、すなわち修士課程、博士後期課程大学院生への臨床的専門教育と、専門職学位課程大学院生への高度専門家の養成を行っている。ここでは総合臨床心理センター所属教員による充分な指導の下、大学院生が臨床心理事例を担当し、心理臨床家となるための実践的な訓練の場となっている。
この他に、国内外からの留学生・研究生を受け入れ、諸外国あるいは国内の諸地方への心理臨床的専門知識・技術の普及を行っている。また、訪問研究生として、国内外の大学などの研究機関から研究者や学生を、内地留学生として現職の学校教員などを受け入れており、教育、共同研究を行っている。

組織・運営

 総合臨床心理センターは、臨床心理学指導・研究コースおよび実践臨床心理学専攻における臨床実習施設として位置づけられており、子ども発達相談部門・心理教育相談部門・生涯発達支援部門の3部門からなる。総合臨床心理センター長のもとに各部門室長が置かれ、室長が各部門における臨床実践・研究の指導責任を担う。人間環境学研究院他専攻教員も含めて任命されたセンター運営委員会委員がセンター全体の管理・運営にあたり、臨床心理学指導・研究コースおよび実践臨床心理学専攻担当の全教員がセンター委員として、センターの実質的運営および学生指導にあたっている。さらには、日本各地の臨床心理学専門家がセンター研究員として、臨床実践におけるスーパーヴィジョン、研究指導・研究協力を行っている。実際的な臨床心理面接業務に携わる相談員は、実践臨床心理学専攻および人間共生システム専攻臨床心理学指導・研究コースに所属する大学院生および研究生である。

施設設備

 箱崎文系地区内に、独立の建築物として総合臨床心理センター(主に子ども発達相談部門、生涯発達支援部門)が、教育心理棟内の1階及び4階の一部に心理教育相談部門がある。心理臨床面接の場として総合臨床心理センター建屋内にはプレイルームなどの面接室が9室、教育心理棟にはプレイルーム2室、面接室5室を備えている。
そのほか、心理臨床業務、研究、教育を遂行するために、来談者の待合室、事務室、相談員控室、教員室、機材等保管室、情報処理室、会議室などが置かれている。面接室には面談用のソファ、大型遊具、箱庭療法の用具、リハビリテーション用具などが設置され、多様なクライエントのニーズに応える設備が整っている。

行事・出版物

 総合臨床心理センターでは、2009(平成21)年度まで子ども発達相談部門・生涯発達支援部門から『発達臨床心理研究』、心理教育相談部門から『九州大学心理臨床研究』を各部門紀要として毎年発行し、2009年度からは、センター3部門紀要を一体化させて、『九州大学総合臨床心理研究』を発刊し、大学院生、研究員、教員の論文ならびに翻訳、活動報告、センターの事業報告を掲載している。行事としては、子ども発達相談部門において、日本リハビリテイション心理学会および西日本心理劇学会の事務局をおき、『リハビリテイション心理学研究」および『心理劇研究』の編集にあたっている。また、『基礎から学ぶ動作訓練』(1998)、『軽度発達障害児のためのグループセラピー』(2006)など総合臨床心理センターで実践されている各種臨床心理援助技法についての書籍出版を行っている。さらには、社会福祉法人やすらぎ荘と連携して、運動障害や発達障害を有する人々およびその家族のための日帰り、1泊2日、2泊3日、3泊4日、5泊6日の支援プログラムを年間を通じて実施してきている。

社会との関わり

 地域住民を対象として、幼児から高齢者までを対象として、不登校、いじめ、非行、習癖、無気力、集団不適応など様々な問題行動、あるいは性格・情緒・人間関係に関する悩みの相談、またそうした子どもを持つ親の相談を行い、臨床心理学の立場から地域社会に貢献してきた。学校、福岡市発達教育センター、福岡市子ども総合相談センターなどの教育機関や福祉機関と連携し、臨床心理学的支援やコンサルテーション、スーパーヴィジョンを行ってきた。さらに九州大学病院をはじめとする市内、県内の医療機関(精神科、心療内科、小児科)とも連携し、クライエントの紹介等を行った。社会福祉法人やすらぎ荘や障害児親の会と連携し、心理リハビリテイション・キャンプの実施や援助技法に関する研修会を開催した。

国際交流

 総合臨床心理センターは、外国人客員研究員として数多くの外国人研究者の招聘を行ってきた。同センターの特徴は医療、教育、福祉等、多種・多様な学問領域に関わる教員が関与していることであり、それを反映して招聘研究者も多岐にわたる。発達臨床領域では、自閉症スペクトラム障害研究の中核とされるPatricia Howlin、Rita Jordan、また、注意欠陥・多動性障害研究で著名なPaul Cooperといった英国研究者を招聘し、また、オーストラリアからは自閉症スペクトラム障害の教育・臨床の実践的研究者として著名なLawrence Bartak、Verity Bottroff、Jacqueline Robertsらを招聘した。米国からは自閉症者に対するTEACCHプログラムの指導者であるSteve Kroupaを招聘した。さらに、欧米だけではなく、アジア各国からの招聘によりアジア文化圏における心理臨床の在り方に関して研究交流をも深めてきた。インドから対人コミュニケーションにおける表情認知研究で著名なManus Mandarを招聘し、マレーシアからは願俊鴻を招いた。また、韓国公州大学からは、人間環境学研究院および公州大学特殊教育大学院間の学術交流協定に基づき、郭承徹、林敬原を招聘するとともに、本学教員の韓国訪問によっても学術交流を深めてきた。なお、総合臨床心理センターにおいて開発された臨床動作法の技法は、現在、障害を有する人々への発達支援技法としてだけではなく、鬱病、統合失調症、人格障害、不安障害など様々な精神疾患に対する心理臨床技法として発展し、日本のみならず、韓国、中国、マレーシア、カンボジア、タイ、インド、イランなどアジア諸国を中心に臨床実践がなされるなど、発展的な展開を見せている。

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